那賀中央橋の由来

加茂谷の加茂町~深瀬町には那賀中央橋という那賀川にかかる一番古い潜水橋(沈下橋)があります。

※2014年12月19日 ブログ執筆現在は台風11号の影響で橋の一部が流失し、全面通行止めとなっています。

ゴールデンウィーク期間中には「加茂谷鯉祭り」も開催されている場所です。

そんな那賀中央橋ができるまでにどのような経緯があったのでしょうか。

 

1948(昭和23)年3月、同窓会で集まった時の話題で、「何か社会に役立つことをしよう。」というのが出たことがきっかけでした。

加茂谷は那賀川の両岸に村があり、かつては渡船によって結ばれていたので、まず架橋運動をしようということになりました。

架橋運動のことを村長に相談すると、協力を承諾してくれました。

1948(昭和23)年4月現場などを調査したところ、運動をするには橋の名前が必要だということがわかったのです。

そこで、吉野川に架かっている吉野川中央橋からヒントを得て、那賀川中央橋として架橋運動をすることになり、期成同盟会を結成したそうです。

 

その後、村長が地方事務所の土木部長に架橋をお願いしたおかげで、橋を設計してくれることになりました。

1949(昭和24)年7月には設計図はできましたが、資金がなく計画は立ち消えになりそうでした。

このときに村長は村議会の承認を得て木橋を設計し、1951(昭和26)年11月に完成、12月26日那賀川中央橋として開通となったのです。

 

さらに村長は運動を続け、1952(昭和27)年5月には県道に編入になりました。

しかし、その2ヶ月後の7月の台風により橋は流失してしまったのです。

幸いな事に橋桁および橋板はワイヤーロープで結んであったためにほとんど流されませんでした。

1953(昭和28)年、災害復旧が認められ、県道潜水橋として着手されることになりました。

再三の出水により工事は難航しましたが、再災害復旧により1955(昭和30)年3月、2ヶ月の歳月を費やし橋は完成したのです。

これを機に村長は那賀中央橋と改名し、それは揮毫(きごう)で立派な石に記されています。

 

こうした苦労の末、完成した那賀中央橋は地元住民の生活道や通学路でもあり、早期の復旧が必要だと思われます。

那賀中央橋の1日でも早い復旧が待ち望まれています。


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