加茂谷中学校の詩碑にまつわる話

阿南市立加茂谷中学校(加茂町)の正面玄関前には詩碑が立っています。

『そこに少年の日がある』と題した詩は、童謡『リンゴの歌』や『小さい秋みつけた』などで知られる詩人・サトウハチロー(1903-1973)が1966(昭和41)年に加茂谷中学校に贈ったものです。

サトウハチロー詩碑

サトウハチロー詩碑

『そこに少年の日がある』 サトウハチロー

球を握る
球を投げる
球をみつめる
球を打つ

球を追い
球をつかみ
球をだきしめ
球と笑う

球をなぜ
球と語り
球と涙ぐみ
球に頭をさげる

球に対する
熱度がたりないと
球は顔をそむける
球は手の下をくぐりぬける

球をつらぬく
ものすごい もりあがりがうすれると
球は離れる
球はふりむきもしなくなる

たった一つの球に
なにもかもふりすててとけいる
たった一つの球にそそぐ
もえたぎるパッション

こころもからだも
球にうちこみ
そのために走り
そのために祈る

球にきたえられ
球に はげまされ
球に しかられ
球に そだてられる

球に手をのせる
そこに輝やく少年の日がある
球といっしょに眠る
そこにまじりけのない少年の日がある

著名な詩人と加茂谷中学校を結びつけたもの、それは野球でした。

当時の全校生徒数は200人余といった小規模校でしたが、後に徳島商業高校からプロ野球のヤクルト・アトムズ(現・東京ヤクルト・スワローズ)に入団した松村憲章投手を擁する野球部が、29名の部員で夏の県中学総体で初優勝、四国大会でも準優勝に輝きました。

 

小さな中学校の活躍はテレビの全国放送にも取り上げられ、東京のスタジオで生徒たちと一緒に出演したのが野球好きであるサトウハチローでした。

サトウや司会者の質問は野球のことだけでなく、勉強にも及んでいました。

それは、当時の野球部監督であった湯浅巳代治先生(故人・十八女町)が文武両道を目指していたためでもありました。

湯浅先生は、「私は監督である前に教師です。成績が悪いのを放っておくわけにはいきません。両方ともがんばって培われる精神力こそ、後の人生でいきてきます。」と説明しました。

 

しかし、それは生徒たちにとっては厳しい課題でした。選手の一人は当時を振り返ってこう言います。

「詩碑にもあるように、とにかく走らされた。練習試合も多くて、いろんな中学校に自転車で通っては試合をしていた。」

厳しい野球の練習が終わると勉強のことが気にかかる。テストの成績が悪ければ練習を休まされ、放課後の補習が待っている。

 

それから40数年…校舎は新しくなり、バックネットの位置も昔とは変わりました。

しかし、文武両道の精神は今も加茂谷中学校に根づいています。

「カキーン!ズバッ!オーライ!オーライ!!」

『そこに少年の日がある』の詩碑の前に立つと当時の練習風景が今でもすぐそこによみがえるように感じます。


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