🌿1号の、再び長い一日。愛媛県西条市 → 宇和島市 → そして。。。

それでは、加茂谷地域おこし協力隊員1号イワモトの長い1日、その2日目。

日曜日、5月22日。朝7時半。「一応」まだお休みの日です。

ワタクシは朝っぱらから、また、こんなとこに ↓ いました。

 

1

 

また寺かよ!というツッコミが入りそうですが、今度は違います。神社です。

しかも、石鎚神社の本宮です。

そう、ここは愛媛県西条市。1号が前夜泊まった場所からほど近くです。昨年歩き遍路していた時に、この本宮の後、石槌山にある成就社や、てっぺんにある頂上社まで行ったので、懐かしくてちょっと立ち寄ってみたのです。

そして、早々に車を高速で飛ばしに飛ばして2時間。

阿南市からだと四国のほぼ真反対側、宇和島市の南の方津島町にある、満願寺というお寺に到着しました。

 

2

 

津島町のこの付近の地元の方々が中心となり、40番札所の観自在寺からこのお寺を終点とする古いへんろ道「宿毛街道・中道」を復興し、整備していらっしゃいました。全長30kmもの距離になります。

今日は、その完成ということで、開通記念のウォーキングイベントの第3回目がこの日に実施されるのでした。

「かも道」を復興させた加茂谷の地域おこし隊員としては、こんな風に四国のあちこちで旧へんろ道を復興させようとする動きは、とても共感、「同士よ!」的なものを感じます。今回のイベントでは、中道の最後の3分の1部分、約12Kmを歩きつつ、道の整備作業をする、ということなので「これは参加してみよう!」と四国を横切って駆けつけた訳なのでした。

(あと、実は中道復興活動のメンバーの一人が、ワタシの友達のお遍路さん(東京在住!)というのも、あります)

 

3

 

集合場所は、本日の終着点である満願寺。ここから全員バスに乗り込み、出発地点である上槇地区まで移動します。

 

4

 

山に囲まれたのどかな田園地帯の上槇地区で、参加者がバスを降りたのはとある古民家の前。

 

5

 

こちらの古民家、空き家だったのを地元の方達が中道を通ってくれるお遍路さん達のために、無料で宿泊場所として提供しているのだそうです。

(ただし、飛び込みで誰でも受け入れるのではなく、事前に一応連絡は欲しいそうです)

 

6

 

内部は非常にキレイに補修され、雨戸のところには世界遺産に認定されているスペインの巡礼道の写真が一面に貼ってあります。

こちらの中道復興の活動団体さんは、四国のへんろ道と札所寺を世界遺産に認定してもらう活動にも積極的に関わっていらっしゃるようです。

 

 

7

 

ウォーキング参加者の到着を待っていた地元のおばあちゃんからお茶のお接待を受け、開会の挨拶などをした後はいよいよ中道「上槇〜満願寺」区間ウォーキングの始まりです。

 

8

 

ちなみに、この最後の区間はほぼ下り道がメイン。最初の3分の2の区間は山越えがあり、向こうの風車の山を越えてこの上槇地区に至るそうです。

 

9

 

最高のウォーキング日和の中、のどかな田園地帯を過ぎるとほどなく、山道部分に入っていきます。集合時間の関係から、ワタシが参加したのは後発隊。2時間前には先発隊がここを通過し、標識などをつけて行っています。

 

10

 

人が楽に通って歩けるように、木の根を抜いたり木を切ったり、小型の重機を入れて整地していったとのこと。

とてもキレイな歩きやすい道です。

参加者の皆様の大部分は、普段からウォーキングやハイキングによく参加している方達のようです。中道の落ち葉や土でふかふかの道がとても気に入ったようで、口々に「歩くのがすごく楽」「歩いてて気持ちいい」とご満悦でした。

 

11

12

 

上り坂はほとんどなく、ほぼ平坦かやや下りの道ばかり。頭上にはず〜っと木々が心地よい日陰を作ってくれているので、日なただと暑いくらいの晴天の天気の中でも非常に快適に歩いて行けます。

 

13

 

山道から、ほとんど車が通ることはない舗装道路に出ました。

 

14

 

道の脇にはところどころ古いお地蔵さんが残っています。その場所もちゃんとキレイにし、標識を付け、お参りしたい人のために足場もつけてあります。お地蔵さんの歴史やいわれを、参加者は興味深そうに聞き入ります。

 

15

16

17

 

途中の車道で地元の人が昼食時お接待のために待っていてくれました。あまりにも気持ちの良い道なので、いつの間にやら時間はびっくりするほど早く過ぎており、もうお昼時なのでした。

この日、お弁当は各自持参でしたが、ここではお茶やお菓子のお接待をして頂きました。子供たちも一生懸命お手伝いします。

 

18

19

 

この休憩地点からすこし離れた奥まった場所に用意されていた仮設トイレ。

このダンボール製のトイレは意外と頑丈で、座ってもびくともしません。小さな個人キャンプ用のテントを立て、水で分解するティッシュやおてふきを置いてある、とても快適なトイレです。

現在、加茂谷から太龍寺に登る道は、太龍寺道・かも道共に大井小学校から太龍寺に着くまで、トイレがありません。

でも、これならかも道でのイベントの時に一時的にでも参加者のために手軽に気持ちの良いトイレが用意できそうです。

 

20

 

お昼ごはんが終われば、ウォーキング続行です。

 

21

 

ここまで、それほど遅いペースでは歩いてませんが、さすが皆さん頻繁に歩いてらっしゃる経験者達。だれも疲れた様子は見せません。

 

22

 

と、ある場所で突然、参加のお母さんたちが歓声を上げながら、木の葉っぱを採り始めました。

この丸い緑のしっかりした葉っぱ。皆さんは「モチ芝」と読んでいる山帰来(さんきらい)の葉で、おモチを包むためによく使うそうなのです。ほほぉ〜。

 

23

 

使わなくなった牛舎の跡地が見えてきて、せせらぎを渡れば。。。。

 

24

 

萌えツボ発見。。。(一面の緑のコケの広場)

 

25

 

ここから残り3キロ強は車道を歩きます。木陰が急になくなり、日差しの意外な強さや明るさにちょっとびっくりするほど。

 

26

 

ウォーキングの途中で、崩れかけている路肩に積むための石をウォーキング参加者で採集したりしましたが、のこぎりやカマ持参の方々は、車道のわきの雑草も刈りながら歩いてらっしゃいます。

 

27

28

 

終着点の満願寺まで、あと1kmちょっとというところで、なぜか右手奥の田んぼからこちらの道へ向かって歩いてくるグループが出現。

どうやら、先発隊は地元の人の案内でまだ整備されていない山道を歩いていたようです。彼らの方が1時間早く着くはずだったのが、結局いっしょになりました。

 

29

 

全員無事に予定時間よりも早くゴールに到着。

事前に友人から「かも道をゆく」の情報誌を参加者に配りたいと言われて、持ってきていた30部も参加者全員にきちんと配って頂けました。ワタシの口から自己紹介を兼ねてかも道やいわや〜平等寺道について参加者の皆さんの前でお話する機会も頂きました。

これまで中心となって中道整備プロジェクトを進めてこられた地元の皆さんを最後にパチリ。

これからも四国の対角線あっちとこっち、同じ旧遍路道の復興に情熱を燃やす地区同士連絡を取り合い、協力しあっていけたら良いですね。本日は本当にお世話になりました。

 

30

 

さて、ワタクシ1号のこの日のミッションは、実はまだ終わっていませんでした。

上の集合写真の右から2人。この方達と直接お会いしてお話することも、今回加茂谷から愛媛の宇和島まで駆けつけてきた理由の一つでもあったのです。

さて、この方達はいったいどなたなのか?

 

31

 

加茂谷の大井地区を絶対に通過する歩きお遍路さん達、そして車でお遍路を回っている人達にも、絶対に必要と言われている地図があります。

それが、こちらの『へんろ道保存協力会』編集の地図です。この地図に従ってお遍路さんが頼りにする道しるべや矢印シールなどもすべて設置されています。ワタクシも、去年の歩き遍路の時はこの地図をもちろん持っていて、道筋の計画から泊まる場所の計画まで、すべてこの地図に頼りきっていました。つまり、この地図はお遍路さんにとってまさに「絶対的存在」なのです。

 

32

 

もともとは宮崎建樹さんという方が、一人で、すべて自分の足で歩いて確認して作り上げていったこのお遍路道地図。

宮崎さんが不慮の事故で亡くなられた後、その意志を引き継いで監修者となった福井俊之さんと、へんろ道保存協力会の事務局長である渡部将之さんこそ、このお二方なのでした。

現在、この「お遍路のバイブル」的地図には、かも道は載っていません。ただ、この地図が次に改定される3年後には、今や復興してキレイな歩きやすい道として蘇ったかも道を記載してもらいたい!と、ワタシは強く思っていたのです。

繰り返しますが、お遍路さんにとってバイブルのようなこの地図。

これに載っているのといないのでは、全国から四国に集まってくるお遍路さん達の中でのかも道の知名度、実際に利用される度合いは圧倒的に違うはずだ!と思っています。

 

33

 

情報誌「かも道をゆく」を携え、福井さんと渡部さんにご挨拶。

お二方とも非常に気さくで、いきなりひょっこり愛媛に現れた徳島県阿南市加茂谷地域おこし協力隊員の訴えにも快く耳を傾けて下さいました。

福井さんはかも道復興整備が始まった頃から、協力したいという思いはず〜っと持っており、どうすれば加茂谷でのへんろ道復興支援ができるのかを模索して下さっていたのだそうです。

地図掲載については個人の判断だけではなく、保存協力会の委員による協議の上での決定になるそうですが、福井さんとしては地図掲載に否定的ではなく、今回の会合をきっかけに、かも道関連については出来る限り協力したいとの嬉しいお気持ちを聞かせて頂きました。

3年後の改定時には、太龍寺へつながるへんろ道としてかも道やいわや道を歩きたいと思った人たちが、加茂谷を通ってかも道入り口まで向かっていくのをいつも目にする。。。そんな風景になっていて欲しいです。

 

 

ドキドキの、へんろ道保存協力会のトップお二人との会合が好感触で終わった後は、再びタントくん登場。宇和島の南部から一路、高知県の下ノ加江へ車を飛ばします。

足摺岬まで約20km程度のこの小さな町に、たった2件だけある宿泊場所。

その一つが、ご自身が4回お遍路を回った経験から、こちらのご夫婦が定年後本州からこの地に移住してきて、宿が足りないこの町でお遍路さんが泊まれるゲストハウス『ロッジ・カメリア』。

この町は歩きお遍路さんにとって「宿泊難所」のうちの一つ。

経路上の要点にありながら、なぜか宿が少なく、移動距離の自由が効かない歩きお遍路さんにとっては非常に悩みどころになってしまう、そんな宿泊難所は近年お宿の経営者さん達の高齢化などでどんどん増えていっています。

ちなみに、加茂谷も名だたる宿泊難所の一つです。

歩き遍路中にこのお宿に泊まったワタクシ。このゲストハウスのコンセプトやシステムは非常に画期的なもので、目からウロコがボロボロと落ちました。機会があれば一度このご夫婦にはお世話になったお礼や、アイデアを頂いたお礼をちゃんと言いたかったのです。

 

34

 

そしてもう一つ。。。この宿に飛び込みゲリラ攻撃をかけた理由は。。。

 

35

 

デイビッド、発見〜〜〜!!!

皆様覚えてらっしゃいますでしょうか?このブログでも『外国人遍路かも道をゆく』の記事で、ワタシとかも道〜舎心ヶ嶽〜いわや道&平等寺道まで歩いたお友達、イギリス人歩き遍路。

約2週間前のあの後も、彼は毎日順調に30〜40kmを歩き、ついに明日は足摺岬まで到達すべく、このお宿に泊まっていたのです。

そして、この夜、タントくんに最後のお仕事として下ノ加江から大月町の北部まで走ってもらい、夜8時半。とうとうようやくこの日のお宿に到着しました。

 

本日の行程(別名:がんばれ、タントくん)

愛媛県西条市 〜 満願寺 145km

満願寺 〜 高知県下ノ加江 92km

下ノ加江 〜 高知県大月町 44km 

合計 281km

 

 

 


“🌿1号の、再び長い一日。愛媛県西条市 → 宇和島市 → そして。。。” への1件のコメント

  1. 大森寿人(中道復元実行委員会事務長) より:

    5‣22中道WW、遠路の参加有難うございました。

    年寄りが老眼で作っている報告よりも、早く、生き生きと、内容豊かに状況を伝えていただき感謝です。

    これからもよろしく

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Bitnami