🌿楠根御嶽山の頂上は意外に賑やか。お山探検隊、鶴林寺を目指す

それでは、6月26日の日曜日についてのブログ記事第2段です。

大井地区のお父さんたちによる鶴林寺から加茂谷へ下りてくる遍路道清掃&整備について書いた第1段、あれは午前中のお話。今回はその同じ日の午後、加茂谷地域おこし協力隊員1号イワモトが何をしていたか?というお話です。

お昼ごはんを『英吉』ラーメン(素晴らしくリーズナブルで美味しい!ワタクシは「白」がお気に入りです)を急いでとった後、急いだ先は加茂谷の楠根地区。

待ち合わせの1時にはもう来て待っていて下さったのは、楠根のイチローさんと深瀬のヒトシさん。まずは楠根のお山をバックに強そうなポーズをとって頂きました。

どちらも、これまでニコニコと笑っている顔以外見たことのない人格者にして、みかん畑で鍛えた健脚の持ち主です。

 

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雨続きの梅雨の日々の合間にぱぁっと晴れ渡ったこの日曜日、イチローさんの「秘密の絶景ポイント・イン・楠根」に連れて行ってもらうのです。目指すは楠根御嶽山(という名前だと初めて知りました)頂上。

お山探検隊、いざ出発!

 

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元学校の先生として那賀町などの気合の入った山奥で教鞭をとっていたヒトシさんが首元まできっちりとめた長袖シャツに軍手と肌を一分も晒さぬ防御力ばっちりのカンペキな「山仕事スタイル」のお手本を全身で体現している一方、イチローさんは作業服に地下足袋、日焼けした農筋隆々の腕をさらして腰にはのこぎり(またはナタ)の加茂谷農業男子(ただし平均年齢はとっても高め)の定番スタイルをキメています。

ひょいひょいとコンクリ舗装の急坂を登り、普通の人なら絶対にそこに道があるとは思わないような茂みの中にスタスタと入っていきます。

 

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一応、これ ↓ でもれっきとした山道です。ただし、一般的な都会人なら、この時点で間違いなくギブアップです。踵を返すことまちがいなしです。

 

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自分が20年前に陸上自衛官だったこと、これしきの茂みの中を突き進むのは経験済みであることをつくづくと感謝しながら、生い茂る草を身体で押しのけながら突き進んでいくと、すぐに最初の絶景ポイントに。

イチローさんが自分のおうちがどれかを紹介してくれます。

 

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ちょうどヤマモモの季節なのか、いたるところで道が真っ赤に染まるほど大量の小粒のヤマモモが落ちています。

イワモトは4月に加茂谷に来て初めてヤマモモなるものを見たり聞いたりしました。ちょうど午前中の大井のお父さんたちと鶴林寺の掃除中にも、ヤマモモの話がでました。(ちなみに、野生のものは小粒でしかも甘いそうです】

イチローさんは、いつもの年ではここまでではない、今年はヤマモモ大当たりの年だ、いつもの年には実をつけない木とかが大量の実をつけている。。。と首をひねっています。

 

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山道の最初の部分は猟師道や作業道が入り組んでいて、道を知らなければ迷いそうですが、ところどころにイチローさんお手製の道標が立ててあったりします。

「お山」の表記が実にかわいい。いや、ここ全部がすでに山なんですが。。。というツッコミを入れつつ、矢印の方向に進みます。

 

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この場所で正しいのは、この木の右手側のパット見とても道があるようには思えない方向。ややこしいことに、木の左手側には、とっても道っぽい道がまっすぐと違う方向に伸びています。でも、それは作業道。惑わされてはいけません。

 

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細くて急な山道を抜けると、山の斜面が開けている場所を横切ります。昔のみかん畑の跡地だそうです。左側に並んでいる防風林のおかげで転げ落ちる心配はありませんが、これがなければちょっとヒヤヒヤする程の急傾斜地。

みかん農家の人達はこんな山道を歩いて登ってこんな急斜面で毎日仕事をしていたんですね。

 

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「ごめんなぁ、草刈りまだしとらんのよ〜」「いえいえ、大丈夫です。慣れてます」となごやかに会話しながら、草とシダの間をぬって進んでいくと、次の絶景ポイントに来ました。

向こうに見える田んぼの地域は、吉井町です。

 

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さらに道は険しくなる一方ですが、イワモト的にはこういう道は大好きです。

とても嬉しい気分になりながら上がっていくと、イチローさんが「あれは昔の炭焼き小屋の跡」と、今は石積みだけが残る一角を見せてくれました。

子供の頃、この小屋までよく遊びに来たそうです。近くには水場があり、炭焼きのおじさんはここの小屋に寝泊まりして水場で炊事などしながら炭を焼き、火を見守っていたそうです。

各地の山の中には、よく「よくぞこんなところで人が住んでいたもんだ」とびっくりするような場所に朽ちた小屋があったり炭焼き窯の跡があったりします。電気もない、道もろくにない山の奥で、ちいさな水場だけで人がちゃんと暮らしていた。。。それがほんの数十年前までの日本の田舎のあたりまえの暮らしだったということが、とてもとても想像できません。

 

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炭焼き小屋を過ぎて上の方は、もっとイワモトが好きなタイプの道になっていきます。

そう、岩場ゴツゴツです ♡

前方に何やら石垣っぽいものが見えてきて、なにか城か砦の跡か?と思ったらば、その石垣の陰にはなんと小屋が存在していました。

なぜかソテツの木まで唐突にニョキッと大きな岩のそばに立っています。

 

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小屋の戸口に近づいていったイチローさん、おもむろに扉をバンっ!!と一度叩きます。

一応、中になにか獣が住み着いていた場合に扉を開けた途端に双方不本意な鉢合わせにならないよう知らせるわけです。でも、イチローさんにそれを聞くまで、イワモト一瞬本気で中に人でも待っているのかと思いました。。。(それはそれでとても怖いですが)

 

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中には祭壇が。お宮さんっぽいですが、イチローさん曰くここは「通夜堂」だそうです。

お祭りの前にはここに前の日から泊まりこんで、持ち込んできた御馳走を食べながら皆で夜を過ごしていたんだそうです。

ここで初めて、わかりました。この楠根のお山は、麓の方にみかん畑があるただの山ではなく、頂上付近にこのような通夜堂やおそらくお宮さんもこの後現れるような、楠根の村の人々が昔からごく当たり前に登り降りして行き交っていたお山なんですね。

 

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この通夜堂を過ぎて少し上に昇った所に、再び地面に真っ赤にヤマモモが落ちている場所。上を見上げると、みごとに濃い赤色に熟れたヤマモモがびっしりとついています。

けっこう下の方の枝まで、見るからおいしそうな真っ赤な小粒の実が。。。。

 

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当然、登ります ♡

 

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つやつやとしていて真っ赤なヤマモモ。

口に含むと、とても甘くて瑞々しい。ここまで30分あまり急な坂を登ってきた身体には恰好のおやつです。天然の「一粒300m」パワーのお菓子です。

 

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いよいよ、目の前にこれ以上高い場所には木がなくなってきました。

 

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頂上付近にならぶ巨岩の間に配置された石碑には、二つの名前が並びます。

どうやら、昔木曽や和歌山のお山に人々を案内していた先達さん達のお名前だそうです。ちなみに、左側のお名前イチローさんと同じ姓です。なんとイチローさんのお祖父さんです。

なるほど!どうりでイチローさんも加茂谷のお山をひょいひょいと飛び回る山人。脈々と受け継がれた「岩と山大好き」の血筋だったのです。

 

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この頂上付近の岩は、このように河原に転がっているような丸い石が寄り集まって固まってできている岩。

これは持ってきたわけではなく昔から自然にここにある。。。ということで、ず〜っとず〜っと太古の昔河原だった場所がモコモコモコっと盛り上がってこのお山になった、というわけなのです。

 

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そしてありましたありました、お宮の鳥居です。

 

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この鳥居が向いている方向には、この絶景。

日亜の工場や羽ノ浦の町、その向こうの海岸線まで見えます。

 

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鳥居の横手を少し登って本当のホントの山頂に着くと。。。

 

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いきなり、なんか立ってます。

 

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その横に、じつに奥ゆかしく「ヤマトタケルノミコト」の石碑。

 

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この「なんか立ってる人の像」の横にある巨岩の上が、イチローさんの大オススメ絶景ポイントだったのです。

 

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この日は地上にややガスがかかっており、写真ではクッキリと見えないのですが、持井の橋や、那賀川が河口までキレイに見えます。

ガスがない日ならば、紀伊水道を越えた和歌山まで見えるはずです。

 

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さて、この山頂周辺、例の「なんか立ってる人」の像以外にも実にイロイロと置いてある場所でした。

まさかこれらを全て、昔の人達は担いでいま登ってきた急な山道を登ってきたのか。。。?と思ったならば、実はこの頂上から反対側の斜面に少し降りた所に車も通れる林道があるのだそうです。

そちら側から資材を運びこんで、この妙ににぎやかな山頂を作り上げたわけです。

 

Untitled design (2)

 

「あちらには徳島市が見えるよ」とイチローさんとヒトシさん。

確かに、肉眼で眉山のロープウェーの斜面がはっきりと見えます。ガスがなければ、その向こうには淡路島が見えるわけです。

こうしてみると、やっぱり徳島市はけっこう近い。

ここまでワイルドな山生活が満喫できながら、海も近くて県庁所在地も近いのが加茂谷の便利さであり魅力です。

 

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ちなみに、さっきの「一人でなんか立ってる人」の像の横っちょには、さらにいっぱいなんか立ってる人たちがいました。

こちらもかつて木曽の霊山、御嶽山に人々を案内した先達さん達なんだそうです。

「白川大神」は木曽の御嶽山の神々の一人。ちょっと調べてみました。

白川大神も重要な神祇である。白河大神、白川権現ともいう。白川大神は、四国八十八所霊の第38番札所金剛福寺にて覚明に御嶽山開山を命じたとされる神である。もとは御嶽山三十八座の一座で、白川地区に鎮座する白川神社がそれである。白川重頼のことともいう。(中略)また特筆すべきことには、白川大神は四国の御嶽講の守護神とされている。これは覚明が白川大神から御嶽山開山の託宣を受けたのが四国巡礼の最中だったことにちなむものである。1861年(文久1年)には四国の御嶽講の開祖の一人とされる西覚らが登拝中、白川大神は託宣を下して、四国の行者の守護神となった。1864年(元治1年)8月15日、阿波に白川神社が創建された。なお図像は衣冠束帯姿で現される。(神殿大観より)

 

。。。フムフムなるほど。

 

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本来はこの「なんだか賑やかな山頂からの絶景」が目的だったお山探検隊ですが、ここまで登ってきた山人3名、この時完全に「お山ハイ」状態になっております。

ここでいま来た道をトコトコと下りて行くのは、もはや脳内アドレナリンが許しません。時間も体力もまだまだ大丈夫だったので、このまま尾根伝いに西の方向、つまり朝いた鶴林寺の方向へ歩いてみよう!となりました。

 

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まずは、すぐ下に通っているという林道に向かって下りていきます。

イチローさんでさえももう5年近くは通っていないという山道(シダの気合のこもった茂りっぷり。。。)は、もしイワモトひとりなら絶対に入っていこうと思わなかったでしょう。

 

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シダを抜けると、なんとパカっと車一台が普通に通れそうな道が出てきました。

この道、東に向かうと勝浦町のローソンのところ辺りに出るそうです。そして西に向かうと鶴林寺の峠道につながるとのこと。

お山探検隊は当然、西に進路をとります。

 

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この林道、それなりに車の行き来があるのか、とても良い状態です。

楠根のお山から深瀬、十八女の背後のお山、そして鶴林寺のお山と、山の上に多くの鉄塔や送電線が通っています。そのアンテナや鉄塔を整備する電力会社や電話会社、放送会社の人たちが定期的に利用している重要な林道なのです。

そんな鉄塔群の一つに向かって、木々が倒されて稜線まできれいに見通せる場所がありました。

「登ってみようか♪」の一声で、当たり前のようにガシガシと登っていくのが、この3名のお山探検隊です。

 

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倒木にきれいにいくつもサルノコシカケがひっついた場所から振り返ると、ここもけっこうな急斜面ではあります。

向こうの鉄塔まで見通せます。送電線のワイヤーを張るために整地したのでしょう。

 

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こちらの鉄塔の周りは芝生まで植えられてとてもきれいに整備されています。

しかも、また別の絶景ポイントでもありました。左での平地が吉井地区、山の向こうの小さな平地が加茂地区です。

おかげで今お山探検隊のいる位置がわかりました。もうかなり深瀬地区寄りに進んできています。

 

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またしばらく行くと、林道の横が植林ではなく草むらになっている場所が。

背の高いススキの向こうには、パラグライダーがゆっくりと空中を漂い、勝浦町を見下ろせます。

 

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楠根から鶴林寺までは、地上の川沿いにゆくと非常に遠いですが、山の稜線伝いなら直線的にはるかに短距離ではないか?との希望的観測を抱きながら、一行は西を目指して歩きます。

この林道自体も、上り下りがほぼなく、木々の間をのんびりとウォーキングするのにはちょうど良いのではないか?ここでウォーキング系の1日ツアーなどができるのではないか?。。。そんなことを口々に語り合いながら進むお山探検隊。

ところどころで鉄塔やアンテナを見つけるたびに、また新たな絶景ポイントがあるかも?とチェックはしてみますが、全部が全部回りをきれいに見渡せるようにはしていないので、意外と絶景ポイントは少なかったりします。

でも、そんなこと全ては実際歩いて確認してみないとわからないことばかりなので、歩く意味はあるのです。

 

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歩き続けること2時間余り、林道があからさまに山の稜線から離れた方向に向かい始めました。

同時に、稜線沿いに実にそそられる、いい感じの歩き道が。。。

 

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「こっち試しに行ってみようか」と山道に踏み入ります。

とにかくここは加茂谷の山。携帯の電波もつながるため、方向や自分の位置はわかるし、稜線沿いに進めばいつかは確実に鶴林寺につくはずです。最悪、どこからでも加茂谷側に降りればちゃんとどこかの地区に降りていると知っているお山探検隊、強気で攻めの姿勢です。

大龍寺からかも道が加茂地区の一宿寺につながっているように、その昔は、鶴林寺からイワモトが住んでいる十八女の大橋の前ぐらいに出てくる歩き道があったそうです。当然、今は誰も通らずに埋もれてしまっているその道を、見当だけでもつけられればいいよね〜、と、お山探検隊ちょっとワクワクしながら歩いていきます。

そうしているうちに、いきなり小さな小さな石の祠が現れました!

 

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祠の後ろには、なにやらお地蔵さんのような石仏がちょこんっと置かれています。

周りに飾ってある竹や置かれているお神酒の様子から見て、今でも人がこの場所の世話をしていることは間違いありません。

この祠と石仏の正体は一体なんであるのか、どこの人たちがここをお世話しているのか、非常に興味がそそられます。

 

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同時に、時間は既に4時をまわっており、携帯で場所を確認するとここはおそらく十八女地区の東の端あたりの山の上。この歩き道はこのまま西に向かって木々の間を抜けているようにも見えますが、そろそろ時間を気にしたほうが良い時刻になってきたのも事実。

ちょうどいい塩梅に、目の前には下の方の谷へと下りてゆく、これまた良い感じの道が。。。

 

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よっしゃ、こっから下りていこう!とお山探検隊。

しばらくの間は山肌にそって杉の木立の間をきれいに下りていけたのですが、ある時いきなり道がふつっと消えました。

 

。。。。。。。。。。。。

 

そりゃないぜ、と思ったもののここまで下りてきておいて後には引き返せません。とにかく、下りていけば十八女のどこかに出るはず!と最終手段「どこでもいいから適当に下りる」の敢行です。

ありがたいことに植林された杉の木立。別に雑木や草が行く手を遮っているわけではありません。なんとな〜くココらへんがきれいっぽい?という場所をココロの目で見ながら、下へ下へと本当に「道無き道」を下りていきます。

 

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ちょっとプチ遭難なスリルを味わいながらも、萌えるところでは、しっかりと萌えます。

 

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人間ナニゴトも為せば成る、道なき山も、我が歩けばそこが道。

倒木を乗り越えながらしばらく下って行くと、再び「ああ、これは土砂でちょっと流されてるけど、道」が見えてきました。

かつてはそこそこ広い幅の山道だったのが雨水が流れて半分沢になり、そこに倒木や土砂が落ちてきていますが、はっきりと林道です。

少しずつ水量を増していく沢に麓が近いことを感じながら進むと、石垣が積まれた場所に出てきました。

昔のみかん畑の跡地です。

 

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草むらの中に、野生のお茶の木を見つけたヒトシさん。

この小さな枝についたお茶っ葉をそのまま火で炙ると香ばしい香りがして、それをそのまま煎じると普通にお茶になるのだ、と教えてくれました。昔はみなさんそうやってみかん畑の手伝いの行き帰りにお茶っ葉を見つけて飲んでいたのだそうです。

 

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沢の横の山肌に唐突に現れたコケに覆われた石仏

よくよく見ると、西国六番と刻まれています。こんなところに、昔は西国33箇所の写し霊場があったのでしょうか?

ただ、この石仏以外に周囲にはまったく他の石仏も見当たらず、なにゆえこの一つだけがここに置いてあるのか。。。。これも謎です。いろいろと好奇心がそそられる場所です。

 

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「十八女にこんな沢があったのかな?」と首をひねりながらもみかん畑の跡地を抜けていくと、ようやく目の前が開けて景色が見えました。

 

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。。。。目の前、右手にしっかりはっきりと見えるのは、加茂中学校。左手に見えるのは、こい祭りの会場でもある中央橋の河原。

 

つまり、ここは深瀬の西の端っこでした。

 

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あれぇ〜、十八女の上にいたはずなのになぁ〜。。。と納得いかない気持ちになりますが、どうやらプチ遭難しながら下りてきている間にぐぐ〜っと東に寄って深瀬の午尾の滝の横辺りに出てきたようです。

先ほどからずっと沿って歩いてきていたあの沢は、つまりこのまま午尾の滝になる水だった、というわけで。

 

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予想通り、深瀬地区の一番西側に出てきました。

 

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旧道沿いにきれいなアジサイをながめながら、とにもかくにも楠根方向に歩いて戻っていくお山探検隊。

良い天気の夕暮れに、なぜか妙にたくさんの深瀬のお父さんお母さんたちが庭先や道沿いに出てのんびりと立ち話や、夕涼みをしているのに行き合います。

そのたびに、なぜかひょっこり現れたお山探検隊と立ち話が始まり、実は楠根の山から尾根伝いにずっと歩いてきたと聞くと目を丸くしてびっくり顔。(そして疲れた身体に頂いたスモモが、これまた美味しく。。。)

 

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ここやあそこで立ち話をしていたら、そこへ軽トラでまた別のお父さんが通りかかって「今日はなにしとったんじゃ〜?」と顔を出す。。。そんなこんなで、都合4回ほど立ち話を繰り返しながら、深瀬地区を抜けて行きました。

 

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ところで、今、深瀬のコミュニティーセンターの前には、こんなかわいい飾り付けの竹が立っています。

こい祭りの五月人形展でも、抜群の手作り飾り付けのセンスを見せた深瀬の皆様、七夕でもそのワザをいかんなく発揮しています。

そうそう、気がつけば6月も終わりになるんですね。

美しい加茂谷にもうすぐ夏がやってきます。

 

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